中国の書の歴史・・・その4
東周も末期になってくるといわゆる春秋戦国時代に入ります。各国の分裂に伴い地方地方によって文字も乱立状態に陥りますが青銅に鋳造していた文字を石に刻んで残す石刻文字が生まれてきたのもこの時代です。その代表が石鼓文です。石鼓文は文字の歴史上重要ですので少し説明を加えます。これは中国最古の石鼓文字で、戦国時代の末期、統一以前の秦の文字と言われております。刻された石の形が鼓に似ているのでこの名前がつけられています。石の高さは約50センチで10石よりなってます。損傷が激しいので700文字以上あった文字も現在では272字を残すのみです。内容は狩猟に関する事が書かれていますが、何の目的で書かれたか使われたか明白ではありません。一時行方不明になるなど数奇な運命をたどりましたが今は北京の故宮博物院に保存されています。
書体は独特なもので、ほかにこれに類するものは見つかっていません。楊守敬は「石鼓は即ち上は古文を変じ、下は篆体を開く。いわゆる籀文(ちゅうぶん)なるものはまさにこれをもってこれに当てるべし」といい、藤原楚水は「その書は周代の古銅器、秦の小篆との中間に位するもので、やはり籀文の一種で、後の秦篆、すなわち小篆に対して、大篆と呼ばれるべきものである」と言っています。
30数年間にわたった戦国時代を平定した秦の始皇は天下を統一しました。始皇帝は在位15年間の短い間に数々の実績を残しましたが字体の統一はその中でも大きな事業でした。いわゆる篆書体(小篆)と言われる文字です。
均整のとれた美と格調の高さを感じさせるこの文字は、現在でも印鑑に、篆刻に、さらには書作品にも応用されています。
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